786 アブデスサラーム インタビュー

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アブデスサラーム インタビュー

ウェブマガジンSniffapalooza081215日号掲載

インタビュアー ラファエラ・バークリー

 アブデスサラーム、あなたのウェブサイトやブログは本当に内容が充実していますね。多種多様な商品の紹介ページのほかにもさまざまなトピックを掘り下げた記事が満載で、ついつい時間を忘れて読みふけってしまいます。さて、まずはあなたの創造した香りについてお話しいただけますか。

 人間のようなちっぽけな生き物に、「創造」という言葉は大きすぎます。私は何ひとつ創造などしていません。たとえば、花は芳香を放ちますが、その香りは、花が何もないところから「創造」したものではありません。太陽の力を借りながら、さまざまな分子に手を加えたり、空気や土壌のなかにもともと存在している原子を組み合わせたりすることによって、あの美しい香りを創り出しているのです。

 天然香水の調香師は、DJにたとえられるでしょうか。大自然が創造主を讃えて歌うメロディを組み合わせ、重ね合わせて、新たなメロディを生み出すのです。

 あるいは、香りという言語を使って物語や叙事詩を書く文筆家にたとえることもできるかもしれません。自然のなかに存在する香りにはひとつひとつ意味があり、その意味が私たちの心に語りかけてきます。

 しかし、作家を前にして、あなたの最新の「創造物」は何ですかとは尋ねないでしょう。どんな本をお書きになりましたかときくはずです。

 相手が画家や音楽家なら、最新の「作品」を話題にするでしょう。ベートーベンは交響曲を作曲し、ドストエフスキーは小説を執筆しました。なのになぜ、ローダニエルは香水を「創造した」ことになるのか、私にはよく理解できません。ですから、私の行為にも「創造」という身に余る言葉を使わないでいただければ幸いです。

2 あなたが進めている嗅覚に関する研究はどのようなものですか。

 嗅覚心理学とその理論の実践を研究しています。実践の例としては、店舗などでの販売促進を目的とした「アロママーケティング」、ロバート・ティスランドが開発・提唱した「サイコアロマテラピー」、ホルモン分泌や自律神経系の不調解消のための「パフューマセラピー」、「アロマティックサイコセラピー」などがあります。

3 嗅覚心理学について詳しく教えてください。読者にとってももっとも興味深いトピックだと思います。

香り、香水とは、心理学そのものと言えるでしょう。嗅覚の研究は天体物理学に似ています。人間の心や嗅覚記憶を数値化できる観測機器は存在しません。すべて理論によって分析するしかないのです。

 人間の嗅覚を司っているのは脳です。まだ特定されてはいませんが、脳のどこかに、動物としての嗅覚と人間としての知性のぶつかり合い――すなわち、本能と理性の衝突を回避するメカニズムが存在しています。

 嗅覚心理学の目的は、異なった香りや匂いに対する人間の反応を理解することです。ひとつ、とても興味深い実験をご紹介しましょう。新生児にさまざまな匂いを嗅がせてみるというものです。赤ん坊の表情の変化を観察していると、匂いによって異なった感情が読み取れることがわかります。楽しげににこにこすることもあれば、嫌悪や怒りを示すこともあります。好奇心や強い関心を示す場合もあります。この実験から、人間は生まれつき、特定の匂いに対して特定の感情や反応を示すようプログラムされていることがわかります。

 嗅覚心理学のゴールは、嗅覚と心を結んでいるメカニズムを解明することなのです。

4 天然香料についてお話しいただけますか。あなたは日ごろから天然香料に囲まれて暮らしていらっしゃるわけですね。ご自身の表現をお借りすれば、天然香料に「どっぷり浸かって」毎日を過ごしていらっしゃる。とても興味を惹かれます。

 ゲストをお迎えして、お茶をお出しするとしましょう。私はジンジャーやカーダモンのエッセンスをほんの1滴ずつ、みなさんのグラスに垂らします。ビスケットが運ばれてきたら、グレープフルーツのエッセンスをひと吹きしたりもします。コカ・コーラにレモンのエッセンスを2滴ほど加えてみた経験はおありですか? まるで別の飲み物のようになって、驚かれることと思いますよ。そして私は大まじめな顔でゲストにこう宣言します。「自分が使っている香料を口に入れようとしない調香師を信頼してはいけません」

 私はほぼ毎日、エッセンシャルオイルの力を借りて、子どもや友人など、誰かしらの心身の不調を和らげています。天然香水に使われる香料は単なる「匂い」ではありません。「マテリア・メディカ」――古くから処方されている医薬品でもあるのです。

 香水を求めて私を訪ねてくる人々もいれば、何らかの療法を求めてやってくる人々もいます。私が開催している天然香水講座のレベル3のコースでは、アロマテラピーを専門に取り上げています。

 天然香水の調香師は、歩いたあとに香りの川を残します。そして、いつも香りに恋をしています。調香師にとって香りとは、心に喜びをもたらし、精神の健康を支えてくれる存在なのです。天然香水の調香師は天然香料に「どっぷり浸かっている」というのは、そういう意味です。

5 あなたのサイトにあるアンバーグリスの商品紹介ページや解説記事をたいへん興味深く拝読しました。アンバーグリスのティンクチャーや未加工のアンバーグリスもオンラインで購入できるようですね。

 天然のアンバーグリスの香りに触れることは、動物香料や天然フェロモンという禁断の地に足を踏み入れることを意味します。この禁断の地には、ほかにカストリウムやシベット、ハニービー、ヒラセウムなどがあって、これらは現在でも入手は可能ですが、実際に調香に組みこむ調香師はまれにしかいません。こういった芳香物質は、五大陸すべての伝統医学で処方されていますし、香料としても5000年前から使われてきました。

 一方で、これらの動物香料の本質とも言えるフェロモンを科学が発見したのは、いまからほんの50年ほど前のことです。フェロモンがあらゆる生物の生殖活動において重要な役割を果たしていることを考えると、これはじつに意外な事実ではないでしょうか。

 私たちはいまに至っても、嗅覚について何ひとつ知らないも同然なのです。調香師にとって、ヒトのフェロモンの研究は、たいへん興味深いものです。ふだん調香に使っている植物性香料の一部、たとえばサンダルウッドやブラックカラント、クミン、カカオ、アンブレットシード、バニラといった香料にも、フェロモンに似た分子の存在を嗅ぎ取ることができるからです。こういった香料が多くの人々を魅了する理由、催淫性を持つとされる所以もおそらくそこにあるのでしょう。

 二十世紀の調香師たちと同じく、私も、これらの香料が含まれていない香水より、含まれている香水のほうが広く好まれやすいことを経験から知っています。

 といっても、私の香水のすべてに動物香料が使われているわけではありません。さまざまな嗜好を持つ大勢の顧客に、選択の機会を用意しておきたいからです。とはいえ、植物性と動物性の両方の香料を含んだ香水は、私たちの嗅覚にまったく新しい次元から働きかけます。

 私はそういった香水を「3Dの香水」と呼んでいます。子どものころ、3D画像が見えるおもちゃが流行しましたね。双眼鏡のなかにスライドが入っていて、のぞきこむと、写真が立体的に見えるというものでした。仕組みは簡単です。別々の角度から撮影された2枚の画像を、左右の目がそれぞれ知覚します。2種類の画像データを受け取った脳は、ふたつを合成し、3D画像として認識するわけです。3Dの香水の仕組みもまったく同じです。植物性の次元と動物性の次元が溶け合って、3Dの香りが生み出されるのです。

6 「香道 魂の香り」の各香水の紹介文も、それぞれの香りのイメージが鮮やかに伝わってくるすばらしいものですね。

 調香はもちろん、説明文の執筆も、ブランド創始当初から私自身が手がけています。「魂の香り」の商品一覧ページには、調香の古いものから順に香水が並んでいます。最初の香りを世に送り出してから20年ほどになりますが、調香はどれも発売当初からまったく変えていません。

 紹介文は、それぞれの香水を試した数千の人々の反応を見ながら手直しを加えてきました。そういった人々の反応の観察は、私にとっては嗅覚心理学研究の第一歩でもありました。

7 調香師という職業に求められる倫理や哲学についてどうお考えですか。

 どんな分野であれ、入門者がまず最初に学ぶべきことは、その職業における倫理と哲学です。

 かのゲランが調香師の卵たちに与えたアドバイスは、現代の調香師が従うべき倫理観を端的に言い表しています。ただ、私の耳には、天然香水の調香師が最低限、備えておくべき心構えとしか聞こえませんが。ゲランのアドバイスとはこうです。「シンプルな構想を描いて、それを忠実に再現すること。品質において妥協せず、優れた商品を送り出すこと」。「魂の香り」の品質基準はこれよりはるかに厳格です。

 ゲランはこうも言っています。「私の香水はすべて、実在の女性――個人的に大切に思っている女性のために『創造』されたものです」

 この言葉は、私が生徒にまず最初に教える根本原則ととみごとに一致しています――「ビスポーク(カスタムメイド)香水の製作こそ、調香を学ぶ絶好の場であり、調香師としての使命である」。

 実在する(=リアルな)誰かのために作られた、リアルな香水。これが私の哲学です。本物の(=リアルな)香料――本物のバラや本物のレモン――だけで作られた香水。これが私の倫理です。

 私は現代に生きるすべての人にビスポーク香水が必要だと考えています。となると、いまよりもっとたくさんの調香師が必要だということにもなりますね。少なくとも、医師と同じくらいの数の調香師がいなくては対応しきれないでしょう。しかし現状では、調香師よりも国家の指導者のほうが多いくらいです。現代社会にはまず、香水に関する意識革命が必要なようです。

 もし学校に音楽の授業がなかったら、ミュージシャンの数はきっといまよりずっと少ないでしょう。あなたの知り合いに、「ドレミファソラシド」を歌えない人がひとりでもいますか? 私たちはみな、学校で音楽の基礎を教わりました。しかし、香りに関する教育はまったく行なわれていません。

 日本には、香道という神秘的な芸道があります。これは香りの禅のようなものです。またヘブライ文化では、五感のうち、嗅覚を除く4つは肉体に喜びを与え、嗅覚は魂に喜びをもたらすためにあるとされています。

 香りをスピリチュアルな観点からとらえる考えかたもあります。香水への愛は魂がもともと持っている性質で、またその源はスピリチュアルな喜びと失われたエデンの探求にあるというものです。香水のスピリチュアリティは、世界中の宗教的伝統に深く根ざしているのです。

 しかし、日本の香道でさえ、現代の天然香水の調香師にとってはスタートラインにすぎません。

 香道をヒントにして、私は学校向けの嗅覚教育基本プログラムを考案しました。内容はとてもシンプルで、簡単に言ってしまえば、「調香師になるための3ステップ」を教えるものです。

 幼い子どもが革新的な香水を作り出すことは珍しくないんですよ。先入観と無縁だからでしょうね。

 香水作りは料理に似ています。調香師はみな料理好きと言っても過言ではないでしょう。反面、シェフがみな香水を作るとはかぎりません。理由は単純です。調香師はみな自宅に鍋やフライパンを持っていますが、シェフはピペットや香料を持っていないからです。

 女性はいともやすやすと香水を調合します。ホルモンバランスを保つために、日ごろから嗅覚が重要な役割を果たしているためでしょう。

 良質な香料さえあれば、優れた香水は簡単に作れます。まさに料理と同じなのです。ほんのいくつか、質のいい食材がそろえば、高級レストランの料理にも負けない逸品を作ることも可能でしょう。「匂いの帝王」ルカ・トゥリンはこれを「シンプレキシティ」――「単純さ(シンプリシティ)」と「複雑さ(コンプレキシティ)」を合わせた造語――と読んでいます。しかし、風味のないトマトや古くなってしなびた玉ねぎを使っていては、絶対に美味しいソースはできません。私はいつも生徒にこう言っています。「完成した香水の質は、使われた香料の質に等しい」と。

 香水作りは、一般に考えられているほど難しいものではありません。これもまた料理と同じです。料理をする全員がシェフになるわけではありませんが、どんな人でも美味しい料理を作ることはできます。ひとつハードルがあるとすれば、その人の性格でしょうね。ためらうことなくゴール目指して突っ走ることができるか、満足のいく結果を得られたら、その時点で立ち止まることができるか。ゲランが言ったように、「シンプルな構想を描き、それを忠実に再現すること」が何より重要なのです。

 天然香水の世界では、真に優れた香水を作るのに、何十、何百もの香料は必要ありません。ほとんどの天然香料がそれ自体ひじょうに複雑で、トップノートからベースノートまでの要素を備えているからです。天然香水の調香師の前に立ちはだかる唯一の壁は、オリジナリティでしょう。ただ、ビスポーク香水を作る際には、調香を依頼した顧客という無限のインスピレーションの源が与えられているわけです。

 香水がお好きなら、天然香料を使って自分で簡単に香水を作れることをぜひ知っておいていただきたいですね。ご友人のために香水を作ることだってできるのですよ。そうやって自作した香水は、一般に販売されている香水よりも、その人にとってずっと優れたものになるです。

 調香師アーニャ・マッコイはこう言っています。「フランス人でなく、しかも伝統的な調香教育を受けていない一般の人々が、これほど簡単に香料を入手したり、(インターネットや短期講座や書籍を活用して)調香の勉強をしたりできる環境が整った時代は、歴史上初めてでしょう」

 私が運営するウェブサイトやブログのサイトの一番の目的は、啓発です。あなたが私のサイトやブログを気に入ってくださったとうかがって、たいへんうれしく思いました。香水作りはもちろん楽しいものですが、私がライフワークとしているのは、サイトを通じて、香りに関する知識や香水についての私の哲学を広く知ってもらうことだからです。ラファエラ、どうか12月から始まる天然香水講座に出席してください。いまお話ししたことはすべて本当だと納得していだたけるはずです。

8 ご自身の香水のなかに、お気に入りはありますか。

 私の個性がもっとも色濃く反映されているのは、おそらく「グリンゴ(Gringo)」だと思います。とはいえ、私の香水は、本物のマイソール産サンダルウッドやローズオットーといった自然の香水が持つ完成度には遠く及びません。

9 ウード(沈香)とサンダルウッド(白檀)についてうかがいます。ここ何年か、サンダルウッドの現状を見守ってきましたが、とても残念な結末を迎えつつあるようですね。

 マイソール産サンダルウッドは、もう何年も前からマスマーケット向けの香水には使われていません。私自身はオーストラリア産のサンダルウッドを好んで使います。マイソール産よりも少量で、サンダルウッドのハートノートを強く香らせることができるからです。2つの違いは、マイソール産にはある高貴なベースノートが、オーストラリア産にはないという点だけです。マイソール産サンダルウッドのすばらしさは、単体でりっぱに香水として楽しめることでしょう。しかし、現在、この楽しみはごく限られた人々の特権になってしまいました。マイソール産サンダルウッドの精油の生産はまもなく終わりを迎えることになりそうです。インドはサンダルウッドの伐採の規制に失敗したのです。

 一方、ウードは太古の昔から伝説であり神秘でした。古代では王だけが使うことを許されていました。アラビア半島では社会的地位の象徴とされています。また日本の香道では、香として焚かれ、その香りを聞く者を瞑想に誘います。良質のウードは産出量がひじょうに少なく、したがってひじょうに高価です。ウードとは、病気や害虫の攻撃に対する防御反応の結果として樹木が木の内部に樹液をためた結果、作られるもので、薬品としての効能も併せ持つことは容易に想像できるでしょう。自生地によっては、ウードを産出する樹木は絶滅の危機に瀕しています。近年始まった沈香木の栽培が成功して、野生の樹木から採取されるウードと同等の品質の香料がこの先も生産され続けることを期待するしかありません。

10 新しい香水のインスピレーションはどんなところから見いだしていますか。

 インスピレーションが私を見つけるのです。私がインスピレーションを見つけるのではありません。

 ほとんどの場合、ビスポーク香水の製作の依頼者がインスピレーションをもたらしてくれます。私はそのアイデアを「忠実に再現する」だけです。

11 これまでに経験したもっとも驚くべき香りは?

 ある人にガラスのボウルいっぱいに入ったトリュフを嗅がせてもらったことがあります。その人がボウルの蓋を取り、私は鼻をボウルに近づけました。その瞬間、脳にパンチを食らったような衝撃を受けました。あれほど驚くべき香りはほかに知りません。

12 ここまでにうかがったこと以外に、読者に伝えたいことはありますか。

 20世紀の初めまで、香水はすべて天然の香料から作られ、持続性を高めるために、衣服やハンカチにつけて使われていました。天然香料は貴重で高価で入手が難しく、またそれ自体が生きているので、肌に塗るとたちまち吸収されてしまうからです。

 持続性の問題は、別の理由からも、天然香水の欠点と言えるでしょう。ほんの数分のうちに鼻が慣れてしまって、香りを感じ取れなくなるからです。といっても、香りが消えてしまうわけではありませんので、ご心配なく。周囲の人々にはちゃんと香っていますから。

 レストランのようなものだと考えると、理解しやすいかもしれません。レストランの扉を開けた瞬間は、そこにあるあらゆる匂いを嗅ぎ取ることができます。前の日に揚げたポテトフライの匂いまでわかるかもしれません。ところが、席に案内されて何分か過ぎるころには、新しく運ばれてきた料理の香りのほかには何の匂いもしなくなっているはずです。人間は、鼻ではなく、脳で匂いを感じているからです。私たちの脳は、新たな匂いが接近してくるたびに、数分前からあった匂いを押し出し式に無視していくのです。

 人工香料を使った香水の香りを一日中感じていられるのは、それが優れているからではなく、私たちの嗅覚を攻撃し続けているからです。そういった理由から、人工香料を使ったものであれ、天然香料だけのものであれ、香水は、かつてそれが紳士淑女のたしなみであったように、衣類やハンカチにつけるのがもっとも適切な使いかたであると言えるでしょう。

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